梨木香歩『からくりからくさ』新潮社
…なるほど、機を織るという営みは「祈り」の動作に似ているかもしれない。
「だからさ、ここは『機織姫の神殿』には違いないんだよ」 p.142
蓉子さんは、自分でも気づかずに、いろいろな命を育んだり、慈しんだりしている。自分が命に学ぼうとしていることを、蓉子さんはいとも簡単に生活に織り込んでいる。結局、蓉子さんには温かい家庭があり、おばあさんがいた。自分にはそれが欠損していた。慈しむってことは、思い立って学べるもんじゃない。受け継がれていく伝統だ。それにしてもまあ、何ということ、自分は一生、その欠けた部分を追い求めていかなきゃならないのか、とまあ、こんな意味のこと」 p.148
慈しむとか、大切にするとか、尊ぶとか、そういうことが、観念でなく、出てくるのよ……。それはりかさんにだけじゃないんだ。この家の一人一人に対して、草木に対してさえ、蓉子さんはいつもそうだった。庭に出て、いつもさりげなく、花がらを摘んだりするでしょ、そういうちょっとした思いのかけ方、っていうのかしら。私、かなわないって思うことがしょっちゅうあった」 p.148
女性の心のふくよかさなのだった。
女同士の集まりでそういうふくよかさを滲ませている人が一人でもいると、たちまちそれは伝染してグループは幸福な気分の集合体となる。このときの蓉子たちがそうだった。 p.229
マーガレットはそういう海老のような姿勢で胎児を守ろうとしているように見えた。そのマーガレットを蓉子は抱きかかえていた。
そして蓉子もそのとき外側から祖母に、この家に抱きかかえられているような不思議な感覚があった。
……芯に子どもの芽を持った薔薇の花のようだ……
そう思いながらいつの間にか蓉子も眠った。 p.257
生き物のすることは、変容すること、それしかないのです。…
迷いのない、一心不乱な、だからこそ淡々としたその一連の営みは、わたしの出会った、何人かの織り子たちに感じたものと同じでした。個を越えた何か、普遍的な何かと交歓しているような……。 p.337
草や、虫や蝶のレベルから、人と人、国と国のレベルまで、それから意識の深いところも浅いところも。連続している、唐草のように。一枚の、織物のように。光の角度によって様々に変化する。風が吹いてはためく。でも、それはきっと一枚の織物なんだ」…
蔦は個の限界を越えようと永遠を希求する生命のエネルギーだ。…
呪いであると同時に祈り。憎悪と同じくらい深い慈愛。怨念と祝福。同じ深さの思い。触媒次第で変わっていく色。経糸。緯糸。リバーシブルの布。
一枚の布。
一つの世界。
私たちの世界。 p.369
存在ということ全ての底で、深く淵をなしながら滔々と流れゆく川。
ひとつに繋がりゆく感覚。…
「……永遠に混じり合わない唐草。二体のりかさんたちのように」 p.377