本日の読書 村田喜代子『鯉浄土』

鯉浄土

鯉浄土

 以前ネットのお友だちが『雲南の妻』を読んでいて、ユニークそうな作風に興味を抱いたものの読む機会がなく、ようやく『鯉浄土』で村田喜代子デビュー。文章はどちらかというと飄々としていて軽いのに、描き出される内容が相当なもんです。スゴイです。濃いです。
 全部で9編収録された幻想的な短編集。とはいうものの、作者とほぼ同年代の熟年の主人公が複数の作品で登場するので、連作集のような一体感がある。ただ、いずれの作品も「女」「死」「血」といったモチーフが生々しくグロテスクに思えるほど印象的に使われていて、ものすごく強烈。当てられて、クラクラしそう。



「からだ」
 女としての母親の人生を、娘が振り返る。娘時代の母のエピソードや祖母の葬式のシーン、TVでみたまぶたの母と息子との再会シーンなどあちこち彷徨っていく。途中主人公の弟によって語られる“母親としての女は容れ物である”説がなかなかに面白いと思ったけど、女の“究極の容れ物の姿”に絶句。そこにさまざまな時代の母の姿が重なり、融合していく、、、。ううう。描きたかったことはなんとなく判るけど、グロテスクだあ!(涙目)


「庭の鶯」
 娘が久しぶりに自宅に寄って晩ご飯を食べると言うので、ル・クルーゼの鍋でパエリアを煮込む母の姿から話は始まる。仕事は順調。だけど、妊娠したらしい。どうしたらいいか。前夜の電話で事情を聞かされた主人公の思考は、あちこち彷徨い始める。。。
 「鍋で煮込む」という連想から、なぜこちら方面に思考が突き進むのか(涙目)。女に流れる血の底に沈む闇を感じてぞわっとした。そして私も、そうするかもしれない闇を抱えた女であることに戦慄した。


「薔薇体操」
動脈瘤の手術をした夫。ご自身の体験が反映されているのかしら?


「力姫」
 登場人物の名前は違うものの、「庭の鶯」の後日談のような話。生後1ヶ月の孫に、毎日、物語を作って聞かせている主人公。孫は女の子なのに、でも聞かせる物語は「桃太郎」で、鬼が島に動物と一緒に向うというもの。
 無心に母の乳にむしゃぶりつき乳を飲む赤子の姿に、生命の輝き、力強さをひしひしと感じる。
 気紛れで、日々変容する物語の最後の姿に一抹の寂しさを感じたものの、前向きで、胸がすくものだった。


「科学の犬」
 愛犬が行方不明になり、必死で探す主人公。いなくなった愛犬の末路に思いを馳せ、不安に駆られる主人公なのだった、、、。
 なんというか…心配する気持ちは非常によく判るし同情するものの、マイナス思考にもほどがあると突っ込みたくなってくる。どんより。そんな事実の上に現在の人間の生活は成り立っていて、それを忘れちゃいけないのだと非常によく判るものの、こうも立て続けに読まされるといい加減、悪酔いしちゃう。うぇーん(涙目)。
 村田さんは犬好きなのかしらん?


「残害」
 枕の恐竜の話が、どう本筋に絡んでくるのかと思って読んでいたら!こんな風に絡んでくるとは!絶句!すげえ!
 「一生に一度の晴れ舞台」は結婚式だけだと思ってたけど、妻にとってはもう一つあるなんて!なるほどねと納得する反面、絶句してしまったわ。


「鯉浄土」
 動脈瘤の手術をする夫のために、滋養溢れる鯉料理を食べさせんとする妻。設定から前出の「薔薇体操」の夫婦を思い起こさせる。
 料理の場面が出てくるんだけど、ぜんぜん美味しそうじゃないのには参った(涙目)。例によって、グロテスクな民話なんか、煮込みながら思い出してるし(滝汗)。ただ、「生きるために命を殺し、命をいただいて生き長らえる」。なんとなくこんな言葉を思い出した。なんと業が深い。。。


「25年の妹」
 うらぶれた銭湯の番台に座る姉と、帰省してきた妹との会話で物語が始まるので、てっきりタイトルの妹とはこの妹のことかと思ったら、、、、ホラーかもしれない、この作品。それも、極上の。
 「妹を入浴させたい」とかかってくる男からの電話。25年の歳月の重みが、ずっしりとのしかかってくる。幻想的で不気味で、でも美しい。小品ながら、いつまでも余韻が残る作品だ。


「惨惨たる身体」
 無口だった舅の3回忌の会食の席で、形見となった手帖を見せられる。書きつけられているのは、通販で買った商品の名前、家族の生年月日、舅の年譜などなど。さらにめくっていくと、ページを黒くするほど書きつけられた身体比喩の数々が。壮絶。
 手帖がまるごと多くを語らなかった舅の人生のようで、感じ入ってしまった。
 そして、普段何気なく使っている言葉をこんな風に言葉だけ取り出してみると、まったく別のもののようにぐにゃり変容してみえて、驚いてしまう。こちらにまで、生々しく迫ってくるかのようだ。無口ゆえに言葉にせずにためこんだ思いが、書きつけられた言葉の一つ一つに込められているようだ[壮絶な人生を送ってきたからこそ、無口になったのかとさえ思った]。ついに辿り着いたラストで、不覚にも、涙しました。合掌。


 常日頃、「笙野頼子、すげー!」と思っている私ですが、さすが芥川賞作家。村田さんも相当なもんだ!くらくらするよ、まったく!しばらく作品を追いかけて、読んでみるつもり。