本日の読書 渡辺球『べろなし』

べろなし

べろなし

 第15回日本ファンタジーノベル大賞の優秀賞を受賞しデヴューされた渡辺球さんの第3作目。2作目の『俺たちの宝島』は積読中ながら、『象の棲む街』で描かれた世界と同じ世界観の物語なのかと思って、さっそく読んでみる。
 『象の棲む街』で描かれたパラレルワールドと一緒なのかしら。「神風が吹いたおかげで」原爆が投下されず、中国とアメリカに支配下にあるもう一つの日本(停戦中)が舞台。「第65回目の開戦記念日」との記述が本文中にあるので、私達の今ある世界とほぼ一緒の2006年が舞台なのだけど、この「そうあったかもしれない日本」はどうだろうか。依然として軍部の力が強く、兵役はあるし、まるで戦争中のように軍部による思想統制が厳しい非民主主義の貧しい世界だ。そんな中、「べろなし」の孫である主人公は「べろなし」によって、いかに真実が歪められていたのか、自由思想の存在を教えられる。言論・思想の自由のために、主人公らは立ち上がるのだか、、、というお話。


 なんというか…ここで描かれる日本は、国民を国際社会からシャットアウトして、自国に都合がいいよう情報をコントロールして洗脳している某国を思い出させる。と同時に、この日本も、ほんの60年ぐらい前は、実際にそういう国だったことに気づいて愕然とする。「べろなし」がべろなしになった理由や、それゆえに家族が非国民扱いされる様子、国民学校や兵役での性質の悪いいぢめなんか、戦争中の害悪のまんまじゃないですか!そのヘン、作者の皮肉やあてこすりなのかな。ただ、目を見開く必要があると判っていても、読んでるうちにだんだん気が滅入ってきて困った。
 年長者から年少者へと知恵と知識と志が引き継がれ、結果、絶望的な世の中に「社会を、未来を変えよう!」一筋の希望の光を見つけだす前向きな主人公らの姿が切なくも眩しく映った。でも、、、『象の棲む街』のラストと、どうしても重なって見えてしまって(汗)。
 いつ『茶色の朝』のようになるのか判らない、足元までひたひた黒い影が押し寄せてる危うい社会に棲む私たちへの警告やメッセージが込められているんでしょうね>『べろなし』。ただ、いかんせん話が暗くて、カタルシスが少ししかなかったのが残念。そういう物語ではないと判っているんだけど。