佐藤亜紀『ミノタウロス』

ミノタウロス

ミノタウロス

 1910年代のロシアのウクライナを舞台にした大河小説なのだが、濃密な文章でその当時の混沌として殺伐とした空気を描き出そうとした作品でもあり、圧巻の悪漢小説でもある。
 とにかく、混沌としたいわば極限状態の中、歴史の大きなうねりに流されそうでそれに抗おうとする主人公の姿が、ものすごく強烈。誰の息子でもなく、悪行三昧な非道で残虐でろくでなしのけだもの。まさに人間であって人間でないミノタウロスだ。人間を人間たらしめているものとは何なのか、人間から人間性をはく奪しけものに変えてしまうものとは何かのか、強く考えさせられる。
 この物語は主人公の一人称で語られているんだけど、なぜ一人称で語られているのか、最後で明かされる構成も心憎い。
 第一次世界大戦前後の世界状況(それもロシア)に詳しければ、もっと作品を楽しめたんじゃないかと思うと、それだけが残念。だけど、十分に面白かった。