貴志祐介『新世界より』上下

新世界より (上)

新世界より (上)

新世界より (下)

新世界より (下)

 評判を裏切らない圧倒的なスケールで描かれる極上のエンターテインメント作品だった。読んでる間中、ものすんごく楽しかった〜。上下巻で厚さもあってかなりのボリュームがあったけど、厚さを感じさせないリーダビリティの高い作品だった。
 物語の舞台となる“全ての人間が程度の差こそあれ呪力が使える1000年後の日本”の描写が、細部にまでこだわって構築されていて、圧倒的な臨場感で迫ってくる。作者の豊かなイマジネーションといったらどうだろう。その空気の匂いや手触りまで感じられるかのようだ。そして随所に登場して蠢く生き物といったら!蟻の社会性をそのまま移植したかのようなバケネズミは(人間に隷属しているものの)人間と会話し、同族同士で戦えるほどまで進化し、ミノシロモドキやトラバサミのように、元々は水生だったものが巨大化し陸生するようにもなっている。よくまあこんな生き物を考え付いたもんだと感心しつつも、嫌悪感で眉間に皺が(涙)。だって虫、嫌いー(涙)。幼虫嫌いの人間には、げろげろげろ。とてもじゃないけど辛い世界だ(涙)。
 物語はというと…語り手でもある早季やその友人たちと一緒になって、バラバラになったり意図的に隠されてきたパズルのピースを拾い集め、時間をかけて少しずつ組み立てていき、「何があったのか、何をしてきたのか」この世界の秘密を全て解き明かし、一枚の絵を完成させる、というもの。上巻と下巻が見事に重なり合い共鳴するかのよう緻密に伏線が敷かれていて、練りに練った構成の見事さには舌を巻いたし、最後の最後に明かされた真相にも驚愕した。人間て、人間て(涙)。(「こんだけ分厚い上下巻の本だったけど、結局、奴隷扱いしていたバケネズミの正体が分っただけかい?」みたいな虚しさも感じたりもした。真相には驚いたけど、そう聞いて「やっぱりね。なるほどね」腑に落ちた気がしたし。だって上巻ですら、バケネズミたちはまるで人間の文明や科学技術の発展をなぞっているようでネズミのクセに人間臭いと思ったし、急激な進化がもたらされた結果の下巻では、バケネズミではなくまんま愚かで醜い人間のように見えていたから。ので、スクィーカーの最期の言葉が、強烈だった。これ、物語の範囲だけでなく、今まで人間が行ってきたことは全て善で正義だったのかと、強く考えさせるかのようだ。この世界から次の1000年後は、一体どんな世界になっているのだろうか。この手記を読むのはもしかして?…とつい考えて恐ろしくなる
 作中で流れる「家路」のメロディが切なく心を揺らす。そういえば私が通った小学校でも下校を促すチャイムとして使われていたっけ。郷愁をかきたてる物悲しいメロディがいつまでも耳に残ってたまりません(涙)。初めて読んだSFな貴志作品だったけど、感極まって涙をこぼしたのって初めてかもしれない(笑)。