曽根圭介『鼻』

鼻 (角川ホラー文庫)

鼻 (角川ホラー文庫)

 第14回日本ホラー大賞小説大賞短編賞を受賞した「鼻」を含め、3編収録された短編集。ものスゴイ!!!直前に読んで、まだ体の中に残っていた恒川作品の美しくも静謐な余韻が、一瞬にしてぶっ飛んだ。どれも強烈なインパクトと破壊力のある作品ばかりだった。うううう。めっちゃ好みかも!
 「暴落」は“人間存在のまるごとの価値に値段がつき、株式上場されてる世界”が舞台。「株が上がる」をまんま小説にしてしまった物語だ。人助けをすると株が上がり、悪評が立つと株が下がる。人は絶えず自分の株価の上がり下がりに一喜一憂しながら生きていかなければならない。タイトルのまんま、「エリート圏」に居た主人公は、ちょっとの躓きから株価が暴落。坂道を石が転がり落ちるかのように、転落…ちゃった暴落に暴落を重ねていく。そして、行きついた先は!?
 筒井康隆の作品を思わせるブラックにブラックな作品。暴落を重ねる主人公に沿う形で、この負け犬に冷たい社会を隅々まで見学できるのが楽しい(って不謹慎?)。ワンアイデアを良くもここまで作り込んだなーと、そのことに感心してしまう。
 「受難」は、なぜかビルとビルのすき間に、手錠をかけられ監禁されてしまった男の身に起こる不条理ホラー。読み進めていくうちに「なぜこんなことになってしまったのか?」徐々に謎が解けていくミステリ仕立ての物語でもある。とにかく悲惨。見てるだけで何もできないのが、もどかしくてたまらなくなる。でも状況は違えど、こんな風にまったく相手に話が通じないことってあるよねって思えたり。
 で、で、問題の「鼻」!!!!とにかく猥雑で強烈。“人類はテングとブタに二分され、テングが迫害され殺され続けている世界に住む医者の「私」”と“自分の体臭に必要以上に神経を尖らせている暴力刑事”の2つの視点で交互に物語が綴られる。この2つの物語がどう交錯し結びつくのか、ミステリ的な興味で読み進めると…それとなく仄めかされているので、途中でなんとなくこの2つの物語の関係性に気付いてしまうんだけど、ミステリではなくホラーなので、真相が判って読んでも、まったく小説としての面白さが半減しないところがスゴい。っていうか、そうと知って読んでからの方が、生々しく手ごたえがある分、一層恐ろしく感じられた。しかもこの最後…絶句。一度読んだら頭にこびりついて決して離れない、読み心地最悪。だけど不思議な魅力のある作品だったかも。3編の中ではやっぱり「鼻」が好き。傑作だと思う。
 この作者、『沈底魚』で第53回江戸川乱歩賞を受賞していて、しかも『鼻』とはまったく作風も違うのだとか。ぜひそちらの作品も読んでみたいー。作品のみならず作者自身も、強烈な個性の持ち主らしいですな。