皆川博子『花の旅 夜の旅』

花の旅夜の旅 (1979年)

花の旅夜の旅 (1979年)

 私が読んだのは図書館で借りた1979年に刊行された単行本版。だけど、扶桑社文庫版では先日読んだ復刊セレクションの『聖女の島』とこの作品が同時収録されていて、どちらも素晴らしい作品だった…との感想を聞き、「んじゃ私も読むーーーーー!」で後追いして読んだら、これがまあなんとも素晴らしい作品だった。うっとり。とてもじゃないけど30年も前に書かれた作品だとは思えない、今でも十分に通用するトリッキーなミステリだった。確か直木賞受賞されるだいぶ前に発表された作品だと思うんだけど、そんなに大昔から皆川さんは皆川さんで、皆川ワールド全開の作品を発表されていたのかと、眩暈がした。くらくら。
 売れない作家鏡直弘が、「花の旅」というグラビアページに載せる花をモチーフにした短篇連載の依頼を受けるところから、物語は始まる。江戸市井の物語を書く時代物作家としてデヴューしたのだからと、アナグラムを使ってペンネームを皆川博子にし、連載はスタート。取材のため日本各地を関係者と旅するのだが、関係者に悲劇が襲う。ついには鏡にまで!
 読者の前には“雑誌掲載された作品(作中作)”とその“取材メモ(というか日記)”が交互に提示される。そして読んでいくうちに浮かび上がってくる事実、虚構で構築された物語世界の中にひっそり散りばめられた事実を丹念に拾い集め、真相へとクライマックスへと至ることが要求されるのだけど!スゴイねえ。最初は安っぽい旅情サスペンスミステリかと正直馬鹿にして読んでいたけど、語り手が鏡直弘から針ヶ尾奈美子へバトンタッチし(これまた皆川博子アナグラム!)、タチオの名前の由来が明かされたところから幻想と耽美の皆川ワールドへのスイッチON(笑)。幻想小説の雰囲気さえ漂わせるミステリへと物語の様相が劇的に変化し、そのまま一気にクライマックスへとなだれ込んでいく。 
 昨年読んだ『倒立する塔の殺人』や『死の泉』でも思ったけど、本当に皆川さんて作中作の使い方が巧い。現実と嘘が混然と一体となって溶け合い、完璧に構築された虚構の世界のなんと甘美で妖しいことか。しかもミステリとして伏線としても有効なんだから、もう何も言うことなし。
 個人的には作中作である第五話「北鎌倉」がものすごく好み。この作品だけ切り抜いて、本として装幀したいぐらい(笑)。「北鎌倉」からの連想で、なぜか登場する画家を澁澤龍彦と重ねて読んでしまったけど、どちらかというと川端康成でしょうかねえ。
 某映画への目ウロコの解釈もあったりと盛りだくさん。やっぱり扶桑社文庫版の『花の旅 夜の旅』も欲しいなあ。単行本版の金子國義による装画が作品の内容を如実に表している妖しくも美しい愛の物語だった。好き好き!