井上荒野『夜を着る』

夜を着る

夜を着る

 「旅」にまつわる短編が8編収録された作品集。
 人生の瞬間を切り取ってみせる筆致の鮮やかさ、そして残酷さ。収録されたどの作品からも、作家井上荒野の凄味を感じた。ぞくり。そして、すげえ!
 どの物語も「よくもまあ、こんな物語を書くよなあ」強烈だった。「アナーキー」も「映画的な子供」も「ヒッチハイク」も「終電は一時七分」も「I島の思い出」も「夜を着る」も「三日前の死」も「よそのひとの夏」も。こうタイトルを眺めているだけで、男と女の微妙な関係、その関係が揺らす感情の襞を繊細かつ丁寧にすくいあげて綴ったそれぞれの物語がたちあがってくるかのよう。
 旅は、日常をひと時忘れさせてくれる非日常の時間だ。だけど、それは日常に戻る居場所があってこそのこと。あの彼にあの彼女はその後、どうしたんだろう。自分の思い通りに行かないもどかしい人生の哀切、ほろ苦さが読み終えてもいつまでも舌に残る。心は温まらないが、味わい深い作品集だった。