佐藤正午『アンダーリポート』

アンダーリポート

アンダーリポート

 昨年読んだ『5』が個人的にダメで、この作品は楽しめるかどうか不安だったけど、『5』より楽しく読んだ。
 物語の冒頭、いきなり固有名詞すら与えられていない主人公らしき男性と犯人らしき女性との対峙から始まり、どうしてこうなったのか事情がまったく訳が分からず、ただただ唖然としたが、読み進めるうちに徐々に何があったのか事情が分かってくる。最後まで読んでから冒頭に戻ると、、、初読の時はまったく見えていなかった状況、そして会話の言葉の一つ一つにどれだけ深い意味が込められていたのか痛いほど理解できる。冒頭に置かれた結末に向かって物語が一から語られるという趣向が面白く、また成功している作品だと思う。
 肝心の物語はというと、15年前の事件にまつわる謎の物語だ。15年前に4歳だった少女の記憶から母親によって無理やり消し去られた一人の女性を記憶の中から手繰り寄せ、今に繋げる旅。15年経った今だからこそ見えるものがある。自分がつけた日記を丹念に読み返し記憶を手繰り寄せ、15年前に本当は何があったのか、何かにとり憑かれたかのように懸命に探る主人公。そして、、、導き出される驚くべき真実。
 何故そこまで熱心に調べようとするのか、なぜ空絵事を空絵事のままにしておかないのか、真実を暴きたて当の本人に突きつけて主人公に何のメリットがあるのか、主人公自身が理由を語っているものの私にはよく判らなかった。ただ、15年経ってもまったく変わり映えがしない自分の人生と対峙し、何か変えようとしたんじゃないかと思ったりする。自らの手で血路を切り開こうとする女性たちのなんて鮮烈なことか。「もし戒める力がどこにも見つからなければ、いまあなたがやろうとしていることは、あやまちではない」という村里悦子の人生観もなんか素敵(笑)。謎解き物語ではあるけど、きっとこの物語は、ミステリとして読んじゃいけないんでしょうな。
 しっかし、、、佐藤正午作品の主人公って、なんでこんなにモテるんだ?(笑)あんまりぱっとしない冴えない人物にしか見えないんですけどねえ(「身に危険がおよぶかもしれない」って言って脅すけど、なーんか既に世捨て人のような生活をしてるから、危険によって足元すくわれて全てを失ったとしても、平然としてそうなんだよね、この主人公っていうか、なんでカオリのことが千野美由起に筒抜けなのか?カオリに関しても、この主人公らしくない感じがする)。
 佐藤正午の次回作にも期待。