クリス・クラッチャー『ホエール・トーク』

ホエール・トーク

ホエール・トーク

 新刊じゃないのに新着本コーナーにあって「???」疑問に思ったけど、あとがきの金原瑞人さんの文章を読んで借りた本だけど、結果として読めてよかったと心から思えた本だった。あとがきの金原さんの文章通り。小説だ、と分っていても、アメリカの現実が反映されていると思しき物語が持つ圧倒的な力に、打ちのめされずにいられない物語だった。
 T・Jが入学したカッター高校は体育会の力が強く、異様に幅をきかせていた。とある事情からT・Jは学校の落ちこぼれ達を集めて、水泳部を作る。水泳部の目標は優秀なアスリートの証であるスタジャンを全員で着ること。だけど、学校にプールはないわ練習環境は劣悪だわ、集めたメンバーもよんどころない事情を抱えたド素人ばかりで、一筋縄ではいかない奴らばかり。水泳部は練習や試合の遠征を通じて友情を深めていき、徐々に試合でも好成績をあげていく。そんな頑張るT・Jと水泳部の邪魔をしようと、暴力的な人種差別主義者たちの横やりが何度も何度も執拗に入るわで、もう大変!無事、T・Jとその愉快な仲間達はスタジャンを着ることができるのか。
 という青春小説なんだけど、メンバーがそれぞれに抱える問題からして重くて重くて、、、やり切れなくなってくる。軽妙な語り口で物語を語るT・Jからして、育児放棄したジャンキーの母親から引き離されて、養父母に育てられるという経歴の持ち主だったりする。薬物中毒、DV、幼児虐待、そして人種差別。そんな暴力の犠牲になって、心も体も傷つけられてずたずたにされた子供がどっさり登場するばかりか、作中には肌の色が違うというだけで現在進行形で義理の父親に虐待されるハイディまでも登場する。スタジャンの行方だけでなくハイディの境遇についても、気になって気になって、最後まで一気に読まされてしまった。
 物語としては上手くいきすぎ感がなきにしもあらずだけど、そんなのは結局のところ、どうでもいいのかもしれない。最悪だった過去はもう変えられない。過去に囚われて続けて生きるよりも、暴力の連鎖を断ち切り、今をそして未来を見据えて生きるべき。自分次第でいい方に変えられるんだから、、、と改めて、前向きに頑張る彼らの姿に教えられた気がする。
 T・Jの強さしなやかさにも惹かれるものの、やっぱり強く印象に残ったのはT・Jの養父の存在だ。T・Jを包み込み精神的に支えて、様々な場面で教え導く存在だ。こんな風に固い信頼関係で結びついた父子関係に憧れる。とはいうものの、養父には哀しい過去があった。「すべてはつながっている。」とT・Jは言うし、この過去の哀しい事件があったからこそ、T・Jの今があるんだし救われたたくさんの子供たちがいるんだと思うんだけど、でも、でも、、、哀しすぎる。(過去に囚われ、そのために一生を捧げて生きた養父が、T・Jととても対照的だ。父親は息子にとって乗り越えていくべき存在だというけど、それにしてもこれは悲しすぎる。)
 DV、ストーカー、そして児童虐待。日本でも親の虐待によって命を落とす子供の事件が後を絶たない状況をみると、まるっきり私たちと関係ない物語だと言い切れない状況なのが辛い。でも、だからこそこの物語に救われる気がする。
 いやー。とても素晴らしい青春小説だったー!T・Jとその愉快な仲間たちのこれからの人生に、幸多からんことを!