粕谷知世『ひなのころ』

ひなのころ

ひなのころ

ひなのころ (中公文庫)

ひなのころ (中公文庫)

 祝!文庫化!文庫化もされたしひな祭りだったしで『ひなのころ』を読む。粕谷さんのそれまでの作品が、『クロニカ』にしろ『アマゾニア』にしろ南米を舞台にした骨太の力強い作品だったから、それから一転。日本の古い民家のひんやりした空気に暗がりが舞台のこの物語でしょう。最初は戸惑ったものの、縁側があって仏間があって土間があって、、、という日本家屋は私にも馴染みがある懐かしい風景で、私の記憶の中に眠っていた“あの頃”を思い出しながら読んだ。
 主人公はそんな昔ながらの日本家屋に住む風美。季節の移ろいと、風美の成長とちょっぴりの不思議を描いた家族の物語だ。
 タイトルから、てっきり『りかさん』のようなひな人形との不思議な交流、幻想譚を想像していたのだけど、なんというか…田舎の昭和の子供ってみな、こんな風な環境で大勢の人に見守られながら育ってきたんだよなあと、とても懐かしい思いがした。私がそうと気がつかなかっただけで、稲子さんのような存在が近しく居て見守っていてくれたのかもしれない。
 風美の4歳の春、11歳の夏、15歳の秋、17歳の冬の4つのエピソードが収録されているのだが、それぞれがそれぞれに私自身の身にも覚えのあることで、「あったあったあった!そうそうそう!」一つ一つにものすごく共感した。親友のパンダくん、こけしの声が聞こえ、おねえさんとも仲良しだった不思議と近しかった幼いころ、死の影に怯え、家族に「家」が疎ましく感じられ、自分自身の存在について思い悩んだ思春期の頃、、、。風美の目線が成長するにつれだんだん上がってきて、目に見える世界がだんだん広がっていく様子。私自身もそうだったのかと、まるで風美を通して追体験しているかのようだった。
 風美に成長という時が流れたように、他の家族にも等しく時が流れる。最初は尊大な保護者だった祖母キクが、時を経るごとに小さく衰えていくさまが、自然の摂理だと判っていてもショックだった。弟の昌樹も。いつしか頼りになる一人前の男になっていて。こんな変化はどこの家庭にもあることなんでしょうが、さりげなくしかし上手にすくいあげて描いているところにも好感触。成長によって、ただ与えられるだけの子供ではなく対等に意見できるだけの立場になって、幼いころは口に出せずただ抱えているしかなかった屈託が、口に出していうことが出来てほどけたシーン、ものすごく感動した。大きくなって、幼い頃には判らなかったいろいろな思いに、気づくことができたところにも。
 個人的には「家」の物語に終始して、恋愛絡みのエピソードがなかったのが残念。あと弟の「特異体質」がさほど生かされていなかったことも。
 読み終えてから、また冒頭に戻ってまえがきの部分を読むと、温かいもので胸がいっぱいになる。風美にとって秘密の思い出がたくさん詰まった、特別な場所なんだな、この家は。
 極めて現実的な物語に、非現実的だけど優しい不思議が絡んで、一風変わったでも素敵な少女の成長物語になっている。共感&共感度、極めて高し。次なる粕谷さんの作品がどんな物語になるのか、とても楽しみ。
[タイトルの『ひなのころ』を“おひなまつりの頃(の物語)”と解釈していたんだけど、「ひな=ひよこ」で“幼かったあの頃(の物語)”とも受け止められるのね。うーん。意味が深いぜ。]