田中慎弥『切れた鎖』

切れた鎖

切れた鎖

 「不意の償い」「蛹」「切れた鎖」の3編収録された作品集。なんというか、、、収録された3編とも、ものすごく頑張って書いている意欲作ばかりだ。わざと悪ぶって書いて、読者に生理的嫌悪感を抱かせようとしてるんじゃないかと邪推してしまうほど。
 「不意の償い」は妻の出産を控えてマタニティ・ブルーになる夫の妄想と幻覚が炸裂している話。妻の妊娠が彼のトラウマというか罪悪感を呼び覚ますのだけど、とにかくそれが凄まじい。そんなに罪の意識にさいなまれなくてもいいのに。男性ってなんてナイーブなんだろうと見当違いのことをつい考えてしまった。
 「蛹」は、虫&幼虫嫌いにはものすご〜く辛い、かぶと虫の幼虫(?)の視点で書かれる作品だ。こんな物語を読むのって初めてだよ!!その設定だけで、かなりの消耗。orz。だけど思ったよりも生理的嫌悪感は感じず、かえって内省的で静謐な物語が気に入ったぐらい。
 「切れた鎖」では山口県の海峡近くの町に住むかつての有力者の家の女三代記を描く。夫も娘も家を捨てて出て行ったのに、どこにも行けず孫と家に残される主人公が視野人物で、かつての力を失くしただただ寂れていく家の、土地の物悲しさ、固執し続けた血の虚しさ、夫を奪った教会の宗教のこと差別のことなどが盛り込まれ、さほど多くないページ数なのに重すぎるほど重たい内容になっている。夫や娘のように家の束縛から自由になりたい、この行き止まりの町から逃げ出し、どこかに行ってしまいたい、、、と思いつつもどこにも行けないばかりか、いつの間にか否定していた母のようになってしまった主人公がひたすら哀れな物語なんだけど、それよりも何よりも主人公の母親が強烈すぎるほど強烈!!「おいおいおい」と言いたくなるとんでもない言動の数々が脳裏に焼き付いてしまって離れませーん(滝汗)。「緩んじゃったんじゃないの」って。orz。そういえばこの作品は第138回芥川賞候補作だった。選評を探して読んでみたい。
 はあ。これからどちら方面に行かれるんでしょうか。作家田中慎弥のこれからが楽しみ。