吉田修一『さよなら渓谷』

さよなら渓谷

さよなら渓谷

 読み始めた当初、秋田で起きた某事件を思い出し、実際に起きた事件に着想を得た小説を吉田さんも書かれるのかしらん?と思ったら、人間の業について深く考えさせられる話だった。それでいて、やっぱりこの話、恋愛小説でもあると思う。
 とある事件が契機となって、尾崎とかなこの隠していた過去が記者である渡辺によって徐々に暴かれむき出しになっていく。2人を見つめる渡辺自身、尾崎に自分を重ねられる揺れのある人物と設定されていて、その構成が見事だ。
 「一度過ちを犯した者は二度と許さない」そういう風潮は確かにある。でも私自身、事件にもよるけどたった一度の躓きでその後の人生を決められてしまうのは酷すぎる。挽回するためのチャンスだって必要だと思ってきたけど、それはあくまでも犯罪加害者へ向ける第三者的無責任な物言いで、当の犯罪被害者の側に立ったら、法や社会が許したとしても感情的に納得できるものじゃないと痛感させられた。
 理不尽な暴力で一方的に傷つけられたものはどうやって傷を癒し、幸せになったらいいのか?周囲がきちんと受け止め、何事もなかったように人生に受け入れられる場合もあるだろうけど、こんな風に裏切られ続ける人生も現実に多々あるんでしょうね(男と女の違い、ヘンな偏見もいまだに色濃く残ってるんだろうなあ。自分とは違う人間を嗅ぎ分け、区別しようとする人間の業も描かれていて、、、鬱々に。自分がどちら側になるのか、自分の立ち位置があやふやに思えてくる。する側になるのかされる側になるのか、その差すらちょっとした偶然なのかもしれない) 
 許されることのなかった人生の果てに再会した巡り合った2人。もしこんな関係で出会っていなかったら、、、と思わざるえない。2人で幸せになってそれまでの人生に復讐して欲しいと切実に思った(一番の幸せは尾崎以外の男性と巡り合い、過去の傷を癒し、幸せになることだと思うけどね)。